お金は大切だけど幸せを規定する要素の1つでしかないと実感する

お金は大切です。

コロナ禍において、政府からの給付金とか各自治体からの補助金、GoToキャンペーンでお得に飲食したり旅行したり。

私の周囲でも、出るか出ないかわからないような追加の給付金の話題で一喜一憂している人の姿をよく見かけます。

これは、見方によっては政府や自治体による経済対策の一環であり、旅行業界や飲食業界を盛り上げるための呼び水であると理解していますが、受け取る方としては臨時のボーナスをもらえたという程度の認識の人も多いでしょう。

それでいくらか生活が楽になったり、心に余裕ができたりと、私も大いに助かっている事実があります。

ただし、見方を変えると政府や自治体に自分の喜びや幸福、しいては生活まで握られていて、掌の上で一喜一憂しているだけということも考えられます。

それはつまり、幸福度を図る物差しを お金 に依存しているからだと思うのです。

お金は幸福度のすべてではない

冒頭でも述べましたが、お金は大切です。

別に綺麗事をいうつもりはなく、お金がなくては生活はままなりません。

一方で、お金だけが大切なのではありません。

これは誰もが同意するところだと思いますが、幸福度はお金の多い少ないだけでは規定することはできません。

人との触れ合いだったり、自己肯定感だったりと、人によって幸福度を高める要素はたくさんありますし、その一部としてお金があるに過ぎないですよね。

でも、いつしかそれを忘れてしまっている人が非常に多い気がします。

お金では買えない幸福というものも確かに存在するのです。

お金意外の幸福をいくつ挙げられますか?

もちろん、ベースにはお金があるということが大前提ですが、たとえば0歳の娘がハイハイしながら、まるで「父ちゃん、大好きー」と言わんばかりにこちらに駆け寄ってくる様子を目の当たりにした時、非常に幸福だと思います。

他にも

  • 久々に旧友と再開した時
  • 責任ある仕事を任された時
  • SNSでいいねがたくさんついた時
  • 今までできなかったヨガのポーズができたとき

他にもたくさんありますが、必ずしもお金の多い少ないでは語れないこともたくさんあると思います。

お金は簡単に増やしたりできませんが、これらのことであれば工夫すれば、よりたくさんの幸福を感じることができると思います。

お金は大切だけど多い少ないは幸福度と比例しない

収入が多くても支出がそれを上回ればお金持ちにはなり得ません。

逆に収入が少なくても小さな幸せに囲まれながら慎ましく生活している人は心が豊かになることだって十分に可能です。

これは、別に私などに言われなくでも当たり前のこととして知られていることです。

冒頭で述べた、給付金や補助金、支援金などをたくさんもらえたら嬉しいとか、もらえると思っていたのにもらえなくて悲しいとか。

ある程度の経済的基盤がある人であれば、別にそのお金に依存しなくても十分に幸福は手に入るわけです。

逆にうわさ話程度のことに自分の幸福を握られてはいけないと思っています。

少なくとも私は、お金だけに自分の幸福を支配されていてはいけないと自分に常に言い聞かせています。

足るを知る「知足」という生き方

くどいようですが、お金は大切ですし、すべての人にとって必要なものです。

私が言いたいのは、必要以上にたくさんのお金を得るために自分の感情をかき乱されている状態は、幸福な状態とは必ずしも言えないということです。

おそらく私の周囲の多くの人は、幸せな暮らしを手に入れるためにお金が必要不可欠だという考え”のみ”に支配されているんじゃないかと。

でも、ある程度の収入がある人であれば、それ以上のお金を得ることで幸福度を高めようとするのはいずれ限界がくると思います。

年収2,000万円の人でも、年に2,001万円使っていたら赤字ですよね。

そこで年収を2,002万円以上になるようにこだわって生きていくよりも、ちょっと生活を見直してから他の幸せを見つけてみるというほうが、終わりのないお金レースから抜け出せて、幸せが訪れるような気がしています。

もちろん価値観は人それぞれですし、押し付けるつもりは毛頭ありません。

ただ、幸せはお金の多い少ないだけで決まるものではなく、他にもいろんな要素でできているということに気が付くということは、今からの世の中で快適に暮らしていくために持っておいて損のない考え方なんじゃないかと思っています。

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